(対談)ボトルアクアリウムは動物虐待なのか

(対談)ボトルアクアリウムは動物虐待なのか

持続可能なアクアリウムの形を模索し、業界の活性化を目指す学生団体KCA代表の小林さんと副代表の橋本さん、そして当サイト管理人Rinで数日にわたり対談をしました。今回は対談テーマの中から「ボトルアクアリウムの賛否」について、議論の様子をお届けします。

ボトルアクアリウムとは

対談に入る前にそもそもボトルアクアリウムとは何か、何が問題になっているのかについて軽く説明します。ボトルアクアリウムとはその名の通り水槽ではなく小さな容器で水草や生き物を飼育するアクアリウムのスタイルです。近年人気が上昇しており、アクアリウムの有名雑誌で特集が組まれたりテレビ等で紹介されるなど注目を集めています。日本には昔から水盆や鉢で金魚やメダカを飼う風習がありますが、あれをさらにおしゃれに、そして水草を植えて生態系を再現することで魚が快適に過ごせる環境を作ろう!というのがボトルアクアリウムのコンセプトです。ですが、その意図が伝わらないこともあり、一部の人から「魚はアクセサリーじゃない」「狭くてかわいそう」という批判を受けています。また、日本での標準の水槽サイズは海外(主に欧米)と比べてかなり小さいこともあり、海外から日本やアジアへの批判もあります。今回はそんなボトルアクアリウムについて3人で徹底的に議論をしました。

賛成 or 反対

Rin: まずはお互いの賛否を確認しましょう。僕はボトルアクアリウムは必ずしも虐待ではないと思っています。お二人はどうでしょう?

小林: 僕は条件付きで虐待ではないと考えています。

橋本: 僕も同じで環境によると思います。

Rin: なるほど。とりあえず全員反対派ではないみたいですね。

なんにでも「虐待」と批判することの違和感

Rin: もちろん魚に命がある以上大切にしなければならないのは当たり前です。しかしだからと言って犬や猫、ましてや人間と同じように扱うのは少し抵抗がありますよね。

橋本: そうですよね。それに正しく管理をしていればボトルでも虐待にはならないと思います。

小林: 虐待っていうのは苦痛を与え続けることですよね。

Rin: それは意図的にでしょうか?

小林: たしかに。意図的かどうかっていうのもありますね。初心者だと難しいところもありますし。意図せずに魚を死なせてしまったり。

Rin: それを「虐待」と呼ぶのはなんか違う気がしますよね。

小林: まずどういう場合を「虐待」というのかを定義できませんか。

Rin: 定義というと法律で決められている国もあるんですよね? ドイツとか。

橋本: そうです。ドイツは魚に関する法律がありますね。聞いた話では飼育する前にドクターが来るらしいです。

国による価値観の違い

Rin: そうなんですか。そうなるとやっぱり国によって価値観が異なっていて、「虐待だ」「虐待じゃない」っていう対立が起きてしまうのはそういうところから来るんでしょうか。

小林: 実際にどのような意見があるのでしょうか。

Rin: 僕のインスタのフォロワーのうち96%は海外の方なんですが、やっぱりボトルアクアリウムの投稿には必ずと言って良いほど1人は極端な批判をしてくる人がいます。ただかなり少数派というか僕の場合はゼロに近いです。といっても投稿を見てくれている人は主に僕を応援してくださっている人ばかりなので正確な統計にはなりませんが。また他の日本人アクアリストですごく素敵なボトルアクアリウム作品を作られている方がいるんですけど、その人の投稿にかなりひどい言葉遣いで批判している外国人は何人か見たことがあります。考え方は人それぞれですがもうちょっと丁寧さがあってもいいんじゃないかと思いました。

小林: そうですよね。どこが虐待(とその人は考えるか)を丁寧に説明するべきですよね。水槽の広さの問題なのかとか。

Rin: 動物愛護に対してちょっと過激になっちゃう人がいるのが問題だと思います。

小林: そうなるとヴィーガンとかの問題と似てますよね。

Rin: あー結構近いと思います。

小林: やっぱりああいうのは自分のエゴが入っていると思います。どこまでを「愛護」とするかということですよね。

Rin: 生き物に対して「好き」という感情は大切にするべきだと思いますが、それがいき過ぎちゃって他の人を攻撃する人がいるのが問題ですね。

魚は愛護の対象か

橋本: でも今の法律だと魚は他の動物(主に哺乳類)と対応が違うじゃないですか。これを一緒にしてしまうと問題が出てきてしまうと思います。魚は勝手に釣ったりできますもんね。

Rin: 法律で同じ扱いにするのは現実的ではないですよね。釣った魚を捌いて食べることもできなくなってしまいますから。生き物によって扱いが違うケースは多いですよね。ボトルアクアリウムに関しても「魚はダメだけどエビはOK」ていう人もいます。その根拠として「魚は痛みを感じるという研究結果が出ている」らしいです。エビは魚ほど高等な生き物ではないからでしょうか。また同じような例で言うと豚は食べてよくてイルカはダメな理由として「イルカは知能が発達しているから」というのを挙げる人もいます。

小林: 結局魚の方が見た目的にも「かわいそう」って感じやすいんだと思います。そういう自分のエゴが入ってしまうのが問題だと思います。だから「かわいそうだから食用にしない」とかも違うと思うんですよね。人間も生命の循環の中で肉を食べているので。 

Rin: 「魚は痛みを感じるから」という根拠だけでは不十分な気がします。イルカとかもそうですけど高等な生き物は守ろうという考えは生き物にランク付けしているみたいで個人的にあまり好きではないです。すべての命に等しく感謝して食べるならいいんじゃないかと僕は思っています。

小林: そうですよね。あと、生き物のことはその生き物にしか分からないという考え方があってですね。「環世界」っていう考え方なんですけど、

Rin: 「環世界」ですか。初めて聞きました。

環世界という考え方

小林: こちらの記事によると「すべての生物は自分自身が持つ知覚によってのみ世界を理解しているので、すべての生物にとって世界は客観的な環境ではなく、生物各々が主体的に構築する独自の世界である」※という説明になります。結局はこれだと思います。その生き物のことは生き物にしかは分からないということです。よって命に対して人間がどうこうする問題ではないんですよね。

※REVOLVER「我々はすべて異なる「環世界」で生きている?マーケティングとはターゲット層の「環世界」を変容させること?」https://revolver.co.jp/CEO/17213737. (2021年9月28日閲覧)

Rin: これは面白い考え方ですね。もう飼育している時点でその生き物の環世界にだいぶ干渉しているようにも思えます。

小林: そうですね。僕は命に対してしてはいけないことは、無駄にすることだと思います。無駄に殺すことはもちろんダメじゃないですか。そうじゃなくても人間は命を奪わなければ生きていけません。なので結論は「無駄にしないこと」だと思います。飼育するにしても。

Rin: 無駄死にさせないということですね。

小林: はい。なのでボトルアクアリウムでもちゃんと最後まで飼ったら問題はないと思います。

橋本: 魚は犬や猫などとは違って法律で守られているわけではないですけど、最後まできちんと飼わなければいけないという点では一緒だと思います。

制度化の是非〜形式主義と実質主義〜

Rin: 僕は法律とかルールで「水量○ℓに対して何匹まで」と明文化することには反対で、個別具体的に検討するべきだと思っています。例えばボトルでもすごく上手い人はなんの問題もないと思うんですよ。逆に広いところで飼っていたとしても飼育が下手だと魚が苦しい思いをしますよね。なのでルールで全体を縛るのではなくて各飼育者ごとに検討するのがいいのではないでしょうか。生き物に絶対はないし、飼育環境は人それぞれなのでルールで画一化するのはやりすぎだと思っています。

法律に関して「形式主義と実質主義」ついて少し説明させてください。

「形式主義」は内容よりも表面上のルール、例えば法律に書かれている文面そのもの、要するに形式を重視する考えです。なので「水量○ℓに対して何匹まで」というルールはかなり形式主義寄りですよね。そのルールの本来の目的は魚を幸せにすることであるはずなのに、それよりも数字が注目されて決められた数値を満たしているか否かに議論が終始してしまっているのは本質から外れているように感じています。

橋本: なるほど。確かに本質から外れている感じはします。飼育者次第ってことですね。

「海外」「日本」と一括りにはできない

Rin: ボトルアクアリウムは日本を中心に流行っていますよね。日本人にはあれが虐待だという感覚を持つ人は少ないように感じますがいかがでしょうか。例えばADAのネオグラスエアの動画に海外から「虐待だ」というコメントが並んでいます。このように日本やアジアが批判の的にされているのが現状ですが、どうお考えでしょうか。

小林: 正直これに関しては文化が違うから仕方がないと割り切るしかないのではないでしょうか。これはもう決着をつけたらダメな気がします。

橋本: 小型水槽ではないんですけど、アートアクアリウムってご存知ですか? あれも「魚で遊んでいる」だとか「かわいそう」だとか賛否両論あるみたいです。特に海外の方はあまりよく思っていないのではないでしょうか。

Rin: 最近SNS中心に「日本は遅れている」という論を展開する人多いじゃないですか。なんというか…いわゆる「意識高い系」の人。

小林: そうですね。

Rin: あれってやっぱり西洋の方が「オシャレ」で「カッコいい」という憧れがあるのでしょうか。日本を下げて海外を持ち上げる、そして「ヨーロッパにはこんな制度があるから日本も導入すべき」と主張する風潮がありますよね。

小林: 制度面では日本が遅れている場面もあるのかもしれないですけど、そういう主張は多いですよね。

Rin: これは進んでいる・遅れているという測り方はできないんじゃないでしょうか。先程小林さんがおっしゃっていたように文化の違いという、優劣とは完全に別次元のものだと思うんですよ。日本人の中にも海外を持ち上げて日本を下げるような発言をする人いますけど、考えてみてほしいです。日本人はお米でも野菜でも食べる前には「いただきます」を言いますよね。植物の命にまで感謝をする民族なんです。この国は命を大切にする国だということを思い出して欲しいです。

橋本: やっぱり人によって感覚が違うというのが大きいと思います。文化の違いも含めて。国による違いというより人による違いではないでしょうか。海外にもボトルアクアリウムに賛成の人はたくさんいますよね。逆に日本人にも反対派の人はいます。

Rin: そうです。事実、僕のフォロワーの海外の方は賛成派が多いと思います。

橋本: 僕の知り合いのシンガポールの方なんですけど、その方もボトルアクアリウムは反対ではないと言っていました。

Rin: なるほど。海外が一概にこうだ、日本が一概にこうだ、とは言えないですよね。

人間社会もアクアリウムにも共通する「多様性」の概念

小林: 僕は学生団体KCAのサイトで多様性についての記事を書いたんです。それを読んでいただくとわかると思うんですけど、僕は多様性とは「水槽」だと思っていて、いろんな水槽があっていいと思うんですよね。なので一つの水槽の在り方に拘らなくて良いと思います。

Rin: なるほど、その結論はとても納得できますね。

小林: 例えば人を魚に例えると、自分の好きな魚だけを水槽に入れたいじゃないですか。別に選ばなかった魚が悪いわけでもないっていうのが僕の意見です。よって自分と価値観の合わない人と無理に関わる必要はないのではないでしょうか。

SNSで気をつけてほしいこと

Rin: そうですよね。ただSNSで価値観の合わない人に罵詈雑言浴びせる人は減って欲しいなと思います。わざわざ人のSNSに行って批判するくらいなら見なければいいのに。

小林: ですよね。そんなことしても時間がもったいないというか、どうやっても相手の考え方を変えるのは無理なので。

Rin: そんな苦しい思いまでしてSNSは頑張るものではないですよね。

小林: 趣味でストレスになるなんてたまったもんじゃないですからね。

Rin: ほんとその通りだと思います。まあ生き物が好きすぎるが故なんだと思いますけど。でも人間たちが罵り合って成立する愛護なんて動物自身も望んでないでしょう。

今回の対談は以上になります。次回以降は「小型水槽の魅力」や「アクアリウムをどう広めるか」などのテーマについて考えていきます。お楽しみに!

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