アートアクアリウムはなぜ批判されるのか

アートアクアリウムはなぜ批判されるのか

「百華繚乱〜進化するアート〜」をテーマに2022年5月3日、「アートアクアリウムGINZA」が東京のど真ん中、銀座三越の8階に常設展としてオープンした。これまでもたびたび日本各地で期間限定のイベントとして開催されていたアートアクアリウムは、独創的な水槽での金魚の展示や煌びやかな照明を用いた幻想的な演出が人気を集めている。

常設展示開始前から開催される度に人気を博し多くの来場者を獲得してきたアートアクアリウムだが、「アートアクアリウム」と検索欄に入力すると「かわいそう」や「虐待」といったワードが検索候補に上がる。グーグルのレビューやSNS上での意見を見てみると、肯定的な評価が多数を占める一方でアートアクアリウムの展示方法に対して批判的な見方が一定数見つかった。調べてみるとこれまでも開催される度に一部から批判の声を受けてきたことがうかがえる。にも関わらず銀座で常設展示を開始するまでに成長したことを踏まえると多くの来場者からは支持を受けていると考えられるが、なぜアートアクアリウムは一部から批判にさらされているのか、そして本当に虐待にあたるのか。本記事では長年アクアリウムに携わってきた筆者がアートアクアリウムをはじめ、魚類の飼育・展示を取り巻く虐待論に対する見解を述べる。

結論から述べると筆者は「アートアクアリウムの展示は金魚に対する虐待には当たらない」という立場を一貫して取り続けている。過去に開催されたすべてのイベントに足を運んだわけではないため、中にはSNS等で指摘されているような衰弱した個体が展示されていたケースがあったのかもしれないが、少なくとも現在の常設展示での飼育環境と演出に対しては特に問題はないと考える。

批判にはグラデーションがある

SNSでは一緒くたにされがちだが批判の中にもさまざまな態度が存在する。アートアクアリウムを楽しみつつも一部の展示に不快感を感じる人から動物の飼育そのものを「虐待」と呼んで反対する人まで多様な意見が見られるが、SNSの傾向として極端な意見が目立ちやすいため実際の状況よりも否定派と肯定派の対立が過大評価されている可能性がある。したがって否定派をひとまとまりと見るのは議論の正確性を欠いた見方であり不適切である。アートアクアリウムの件に限らず賛否の分かれる議論において単に賛成と反対を2つの敵対するグループに分けるのではなく、両者にはグラデーションがあり各意見は両者の間の直線上に並べられるという見解が妥当である。

なんとなく「かわいそう」の層

アートアクアリウムを全体としては楽しみつつも一部の小さい水槽や金魚が大量に泳いでいる水槽に対して「狭くてかわいそう」と感じるという意見が見られたが、このような立場の「穏健派」の批判に対しては反論するつもりはない。なぜなら感じ方は十人十色であり、「狭い」という感覚は必ずしも全員に共通の尺度があるわけではないからだ。実際に筆者がアートアクアリウムで見た水槽は一番小さいものであっても金魚が「かわいそう」という印象を受けるほどではなく、最低限の遊泳スペースは確保されていたように感じた。もしも筆者が金魚を自宅で飼育するならばもう少し大きめの水槽を用意するだろうが、それは水量が多い方が維持がしやすいという管理面の事情によるものであり、アートアクアリウムで見た小型水槽であっても技術次第では金魚を健康に育てることは可能だと思う。実際にアートアクアリウムで最も小さな水槽でも水の循環が徹底されており、金魚の排泄物はほとんど見られなかった。したがって水質及び金魚の健康に十分管理が行き届いていると言って良いだろう。

アートアクアリウムの水槽は一部の人が「狭くてかわいそう」と感じる境界のサイズではあっても決して不適切な大きさとは言い切ることはできない。むしろ三越の狭いスペースを有効に使って世界観を演出する工夫が随所に見られ、製作陣のエンターテイメントへの熱意に感動を覚えた。

「金魚」と「虐待」の不協和

「すべての命を平等に扱うべき」という主張をする、先述のグラデーションの中で最も極端な立場に位置する層はアートアクアリウムでの展示を金魚に対する「虐待」とみなす傾向にある。しかし、金魚の命を軽んじたり命に順位をつけるつもりはないが、「虐待」という概念を魚類にも適用するのは飛躍した論理である。当然不必要に傷つけたり命を奪うことは非難されるべきであるが、従来児童や哺乳類に対して用いられてきた「虐待」という言葉を魚類にまで適用してすべての生物を同等に扱うべきであるという思想は、社会に対して不利益をもたらす可能性が高い。万が一法的に「虐待」と認定されるハードルが下がれば、ペット業界のみならず漁業や畜産など様々な産業に影響が出ることは避けられない。そのような状況では社会全体が萎縮し、経済的にも人間が現在のような文化的な生活を送ることが困難になる。このような主張をすると動物の命を軽んじているという批判を受けがちであるが、あくまで筆者は「命は平等に尊い」という立場である。しかし、現実問題としてすべてを平等に扱えるかというのは別の次元の話である。「命を大切にする」という価値観はすでに世に広まっているといっていいだろう。しかし、そこから飛躍した「すべての動物を平等に扱う」あるいは「人権に近い権利を与える」といったような過激な思想を背景とした社会の制度設計は現実的ではない。したがって、SNS上でたびたび見られる魚類の飼育環境に関する虐待か否かの議論は不毛である。

過ぎたるは猶及ばざるが如し

動物の幸福について考え、不当な扱いを防ぐ試みは価値のあるものであると思う。しかし、「動物愛護過激派」は人間を過度に悪者扱いし、悪者である人間によって動物が虐げられ命の平等が歪められているというストーリーを展開させがちである。もちろん動物虐待は許されるものではないが、魚類や爬虫類、両生類の飼育において犬や猫、ましてや人間と同等の権利を与えるべきという主張は社会通念と照らし合わせても常軌を逸している。従来でればこのような少数意見は「取るに足らないもの」として表面化することはなかったが、SNSが発達すると水族館や動物園、さらには趣味として生物の飼育を楽しむ個人への攻撃という形で表面化しているケースが見られる。SNS空間では少数意見が実際よりも支持を受けているように錯覚したり、自分と近い意見のみが表示されることで自分が多数派にいるように感じることがある。しかし、SNSが一般化したからといって生物の飼育を取り巻く伝統的な価値観や飼育の手法が変化したわけではない。本来飼育している生物の写真を共有したり、飼育方法のアドバイスや知識を交換する場であるはずのSNSで、個人の飼育環境を批判することは情報交換を楽しむ大勢のユーザーに水を差す行為である。

ボトルアクアリウムは虐待?

小型水槽での熱帯魚の飼育はしばしば「動物虐待である」という批判を受ける。特にアカヒレやベタは広い遊泳スペースやフィルターがなくても飼育することができるため、ボトルアクアリウムに向いている。実際にボトルアクアリウムでアカヒレやベタを飼育している人は多いし、有名アクアリウム雑誌でも小さいスペースで楽しめるアクアリウムスタイルとして紹介されている。ボトルアクアリウムが適切に管理をすれば魚の健康上問題のない飼育方法であることは長いアクアリウムの歴史からも明らかである。

しかし、単に見た目が狭いからという理由だけで「虐待だ」と批判する声が一定数存在するのも事実である。また欧州の一部の国では魚を飼育する際に必要な最低限の水量が法律で規定されており、そのような国のユーザーからは日本の熱帯魚飼育全般が批判の対象となることがある。日本国内においても、「海外では〜」と「動物愛護先進国」の論理を持ち出してあたかも自分の主張が先進的であるかのように「日本は遅れている」というお決まりのセリフを残す「動物愛護過激派」が存在する。しかし、彼らの言う「海外」とは多くの場合欧米を指し、熱帯魚養殖の歴史が深い東南アジアなどを指すことはまずない。実際にタイ最大級の熱帯魚市場に行くとベタや金魚、ディスカスまでもが小さなビニール袋に詰められて所狭しと売られている。そのような多くの国は「過激派」の言う「海外」には含まれておらず、あくまで「カッコよくて品のある」欧米の一部の国のみを念頭に置いているようだ。本来国同士の比較を行う場合は適切な比較項目を用意し、客観的にそれぞれの国の現状を生み出した背景(原因)を検証しなければならない。しかし、実際に日本の熱帯魚飼育者を批判する意見の大半はそういった客観的な検証に基づくものではなく、主観的、あるいは直感的に「欧米の方が進んでいる」という結論ありきの主張となってしまっている。

バンコク、チャトチャックの観賞魚売り場

動物愛護に限らずあらゆる分野で欧米諸国が規制を強化するたびにそれを無条件に評価して、「欧米は進んでいる」という安易な主張をする人が近年目立っているように感じる。実際にそのような人が増えているのか、それともSNSで表面化しているに過ぎないのかはわからないが、いずれにしても欧米でそのような規制が生まれた背景を考えずに評価するのは稚拙な理論展開と言わざるを得ない。

アートアクアリウムの感想

アートアクアリウムは都内で手頃に非日常を味わえる水族館だと思う。水族館の概念が覆るような幻想的な演出で、入り口から出口まで世界観が徹底されている。作り手のエンターテイナー精神を感じることができ、筆者もネイチャーアクアリウムのクリエイターとして作品作りを続け、見てくださる人を楽しませたいという気持ちが一層強まった。本記事ではアートアクアリウムをきっかけに動物愛護の議論まで発展させたが、アートアクアリウム自体は多くの人が楽しめる場所なので東京にお出かけの際にはぜひ足を運んでいただきたい。

アートアクアリウム公式サイト:https://artaquarium.jp 

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